もすもすスープの暮らし

記述には時差があります。ゆるくイタリア語を学習しています。

意外に牧歌的だった:松本清張「点と線」読了!

 初、松本清張

小難しいのでは、と思っていたが杞憂。するする読めた。

「点と線」といえば松本清張の代表作で、映像化も何度かされている。わたしも、きちんと見たことはないものの、駅のホームでビートたけしがベージュ色のトレンチコートを着て(←まったくの記憶違いかもしれない)、たたずんでいるシーンを思い出す。

まさに、この駅のシーンが物語のキーになっていて、読みながら「ああ、これこれ」と思った。有名な観光地を訪れて、ネットで見ていたモニュメントを実際に目にしたときのような気持ち。

ミステリーという意味では、今時のミステリーを読んでいる身からすると、少々物足りなかった。あやしい人物は最初からあやしいし、アリバイ崩しに悩む主人公の警視庁の警部補は、わたしが「ちょっとちょっと!」とつっこみたくなるくらい、ネジが抜けている。

そして、勝手に泥くさーい、しんどーい、感じの物語展開を想像していたのだが、意外や意外、なんだか牧歌的だった。まさか、初・清張の感想が「牧歌的」とは予想もしていなかった。自殺案件に納得できず一人で調べる主人公に上司は特に嫌な顔もせず(というかむしろ応援してくれ)、所轄の刑事との関係も良好、煮詰まると喫茶店でコーヒーを飲んだりする。確かに、電車での長距離移動はおしりがいたくなって大変そうだが(普通の特急が夜行電車になっていた時代なんだな…)、まあそれくらいである。怒鳴り散らす人も出てこないし、いやみな人も、精神的に病んでいる人も出てこない。スプラッタもなし。

地方の所轄とのやりとりは、なんと!「電報」。調べてもらいたいことを電報で打っておいて、いろいろ外で仕事を済ませ、机に戻ってくると、電報が返ってきている、というシステム。すごい。こんなの「太陽にほえろ」でも見たことないよ、いくらなんでも電話くらいあるでしょ、と思ったが(いや「太陽にほえろ」も、すべてちゃんと見たわけではないが)、固定電話の時代だと、お互いが同時にそれぞれの電話の前にいる必要があるわけで、相手の都合を考えなくてよい「電報」は、いわばメールのような役割を果たしたのだろう。

そして、最も印象に残ったのは、終盤の主人公の警部補と所轄の刑事の手紙のやりとり。超・長文!! あいさつから始まって、あれやこれや、と、謙遜しつつ、相手を立てつつ、大切なことも書き、いいたいことも書く。そして、またあれこれ謙遜しつつ、相手を立てつつ、しめくくる。いやはや、こんな手紙、もう現代人は書けないよ…。

もちろん、これを書いたのは、どこぞやの刑事ではなく、松本清張だとわかっているが、それでも、刑事がそういう長文の手紙を書くというリアリティがあった時代なのだろう。

(↑)ちょっと表紙が怖すぎ…。