もすもすスープの暮らし

記述には時差があります。ゆるくイタリア語を学習しています。

フィリップ・プルマン 新作 ”The Secret Commonwealth” 登場

気づかないうちに、フィリップ・プルマンのBook of Dust(ダストの本)の続編、“The Secret Commonwealth” が発売になっていた。

 前巻の “La Belle Sauvage” は読んでいるので、続きは読みたい…と思いつつ、kindle版で、ペーパーバック版を超える値段(2000円超)だったので、サンプルだけダウンロードして、しばらく待つことにする。何しろ1巻目のkindle版は250円(!)になっている。

このBook of Dust は、日本語の翻訳もでた「ライラの冒険シリーズ」の一部で(日本語で出たのは最初の3作のみ)、このライラの冒険シリーズは大好きなのだが(特に2巻目『神秘の短剣』が好き)、日本語版はハードカバーも文庫も絶版になっているようで、kindle版もないので、すごくおもしろいファンタジー作品なのに、今後(また映画とかになって、話題になって、本を新しく刷らないかぎりは)、昔のわたしのように、偶然手にして、読んで、はまって…なんていう読者は出てこないんだろうな…と思うと、非常にもったいないなあと思う。フィリップ・プルマン、とてもおもしろいのに…。

ライラの冒険」の2巻の『神秘の短剣」では、読みつつ泣きそうになってしまったところがあるし、(翻訳版がなかったので)英語で読んだサリー・ロックハートシリーズの、やはり2巻目の “The Shadow in the North”でも、泣きそうになった。

まったくの物語、つまりウソの話が、現実の涙を流させるなんて…! それだけ物語として、力があるのだと思う(世間では、よく本を読んで、「泣きました!」とか、「号泣した!」とかあるけれど、あれって本当なのかな…。わたしは、本を読んで泣くことはほとんどない)。

と書きつつ、前巻の“La Belle Sauvage” は、手放しでおもしろいとはいえない、ちょっとヘンな話だった。途中、超・偏執的なキモチのよくない人物が出てきて、出てくるだけでなく、その人物がストーリーの中で重要な役割を担い、主役の少年に「これでもか」というくらいに災難がふりかかるので、読みつつ、かなりつらく、しんどくなってしまった。その人物にも裏がありそうで、しかし、その話の中では解き明かされなかったので、2巻目でなんらかの展開があるのか…。

というわけで、サンプルの巻頭を読みつつ(ちょっとだけなんだろうな…)、価格が下がるのを待とうと思う。

意外に牧歌的だった:松本清張「点と線」読了!

 初、松本清張

小難しいのでは、と思っていたが杞憂。するする読めた。

「点と線」といえば松本清張の代表作で、映像化も何度かされている。わたしも、きちんと見たことはないものの、駅のホームでビートたけしがベージュ色のトレンチコートを着て(←まったくの記憶違いかもしれない)、たたずんでいるシーンを思い出す。

まさに、この駅のシーンが物語のキーになっていて、読みながら「ああ、これこれ」と思った。有名な観光地を訪れて、ネットで見ていたモニュメントを実際に目にしたときのような気持ち。

ミステリーという意味では、今時のミステリーを読んでいる身からすると、少々物足りなかった。あやしい人物は最初からあやしいし、アリバイ崩しに悩む主人公の警視庁の警部補は、わたしが「ちょっとちょっと!」とつっこみたくなるくらい、ネジが抜けている。

そして、勝手に泥くさーい、しんどーい、感じの物語展開を想像していたのだが、意外や意外、なんだか牧歌的だった。まさか、初・清張の感想が「牧歌的」とは予想もしていなかった。自殺案件に納得できず一人で調べる主人公に上司は特に嫌な顔もせず(というかむしろ応援してくれ)、所轄の刑事との関係も良好、煮詰まると喫茶店でコーヒーを飲んだりする。確かに、電車での長距離移動はおしりがいたくなって大変そうだが(普通の特急が夜行電車になっていた時代なんだな…)、まあそれくらいである。怒鳴り散らす人も出てこないし、いやみな人も、精神的に病んでいる人も出てこない。スプラッタもなし。

地方の所轄とのやりとりは、なんと!「電報」。調べてもらいたいことを電報で打っておいて、いろいろ外で仕事を済ませ、机に戻ってくると、電報が返ってきている、というシステム。すごい。こんなの「太陽にほえろ」でも見たことないよ、いくらなんでも電話くらいあるでしょ、と思ったが(いや「太陽にほえろ」も、すべてちゃんと見たわけではないが)、固定電話の時代だと、お互いが同時にそれぞれの電話の前にいる必要があるわけで、相手の都合を考えなくてよい「電報」は、いわばメールのような役割を果たしたのだろう。

そして、最も印象に残ったのは、終盤の主人公の警部補と所轄の刑事の手紙のやりとり。超・長文!! あいさつから始まって、あれやこれや、と、謙遜しつつ、相手を立てつつ、大切なことも書き、いいたいことも書く。そして、またあれこれ謙遜しつつ、相手を立てつつ、しめくくる。いやはや、こんな手紙、もう現代人は書けないよ…。

もちろん、これを書いたのは、どこぞやの刑事ではなく、松本清張だとわかっているが、それでも、刑事がそういう長文の手紙を書くというリアリティがあった時代なのだろう。

(↑)ちょっと表紙が怖すぎ…。

’19年聴講しているNHKラジオ語学講座

もう7月(に入ってからしばらく経つ…)、というこのタイミングでの、NHKラジオ講座聴講ラインナップ。

今年度は、イタリア語は「まいにちイタリア語入門編」、英語は「基礎英語3」と、「英会話タイムトライアル」「ラジオ英会話」「遠山顕の英会話楽習」の4本。なんだかけっこう、多い。けれど、まあまあ聞いている。

1年半ほど前から、メインで聞いている「基礎英語3」のみ、ストリーミングの1週間遅れのものを聞き、ほかは、NHKラジオアプリの「らじる★らじる」で、放送日のものをそのまま聞いている。これだけちゃんと(まあ、いい加減にだけれど)継続できているのは、「らじる★らじる」に予約機能があって、番組の5分前になると毎回律儀にアラームを鳴らしてくれるから。仕事をしていようと、ネットで暇つぶしをしていようと、時間になると、キンコンカンコンキンコンカンコーン♪ と鳴って「あ、もうそんな時間…」と、ハッとする。

しかし、この5分前というのがけっこう微妙で「オーケー5分後ね」と思っていると、そのままうっかり忘れてしまったりする(5分前の時点でラジオをオンにするのは、特に聞きたくもない音を聞くことになるので、自分の選択肢の中にはない)。何回か(も?)聞きそびれたあと、確実に聞くためには、予約のアラームが鳴った時点で「5分」のタイマーをかけるのが吉、ということになった。

どの講座もそれぞれ魅力がある。「英会話タイムトライアル」は、10分という短い時間内に、発語をたくさんするしかけになっているので、密度が濃くていい。これは、ほぼ1日2回聞いている。

遠山顕先生の講座は、昔、好きで聞いていて、今年、復活してみたけれど、やっぱり面白い。講座内に「えーしゃくぶーん」という英作文のコーナーがあって、ここを時間内に真面目に取り組んだら、絶対力がつくと思うのに、ついつい流してしまうのが反省点。

大西先生の「ラジオ英会話」は、大西先生が、たびたび「スキットの英文は全部覚えてくださいね」というので「ひえー、すごいスパルタ」と思っている。確かに、例文を全部覚えていたら、1年でものすごく力がつくと思う(スキット、日替わりだし)。聞いている人の、どれくらいが暗記にトライしているかなぁ(やっている人)すごいなぁ、と思うものの、わたしはハナから自分にそこまで求めていない。大西先生は著書の「一億人の英文法」でも、「これくらい1週間で読破してください」みたいなことを前書きで書いてあって、「ひえー」と思ったので、わたしの中ではスパルタ決定。でも、まあ、本気で英語をマスターしたかったら、それくらいすべきなのかもしれないけれど。

(↓)ボリュームある本なのに…! 1週間で読了…できない…。

 「基礎英語3」は、NHK語学のストリーミングで聞いていて、継続していると、少しずつトロフィーがたまっていくしかけになっている。これが何気にうれしい。

中学生のころ、基礎英語を聞いていて、そのころはAMラジオをいっしょうけんめい合わせていたけれど、音が悪くてつらかった…。今は音がキレイなだけでも万々歳なのに、いろいろ至れりつくせり。ほんと、すごい時代だよ、と思う。

多忙なときはヒマを切望するが、いざヒマになるとまったく有意義に活用できない、そしてまた多忙になる

本日は打ち合わせで外出。久々に、会社(ヨソさまのだけれど)なるものに行った。6月は、ほとんど仕事をしなかった。フリーランスなので、仕事が入らないと、仕事はなくなる。

昨年末から4月にかけては忙しかった。週末も気持ちよく遊べることは少なく、常に締め切りのことが頭の片隅にあり、風呂に浸かりながらも、あれやこれやうんうん考える、というような生活だった。

忙しいときに限って、(フリーランスの不安定な収入を補うために受けている)英文校正の仕事も入る。英語の仕事は、正直、実力不足だから、ミスを出さないために、かなりの時間をかける。時給換算すると、おそらくすごいことになっているが、心身の健康のために計算はしない。

「あー、時間がほしい…!」と、忙しいときには思うのだが、いざ仕事が途切れてヒマになると、あれだけ望んでいたはずの自由時間をうまく使いこなせない。どういうわけか、英文校正の仕事もパッタリ入らなくなる。

そして、仕事が入らないというのは、人を落ち着かない気持ちにさせる。せっかく平日にヒマなのだから、あちこち出かければいいのに、外出先は、近くのスーパーか生協くらいだ。忙しいときは、さんざん、「空いている美術展に行きたい!」とか、「動物園で動物の足の写真(資料用)を撮りたい!」とか思っているくせに、時間ができるとめっきりインドア派になる。

日中は、せっせとkindleの無料サンプルをDLしては、次に「どれを買うべきか…」と悩む。kindleが登場してから、やたら読みたい本が増えた。しかし、仕事をしていない状態では、欲しいもの全てをパーッと大人買い…という豪快な気分にもなれない(小心者なのだ)。だいたい読んでいない本、まだいっぱいあるのでは…? と、しまり屋な自分が、購入意欲にギュウギュウ、ブレーキをかける。

そうして、本を読んだり、洗濯をしたり、部屋の片づけをしたり(桐ダンスを処分した!)して、6月を消費。

そして、ここ数日で、また7月以降の仕事が入り始めた。仕事が入るときは、どういうわけかスケジュールが重なる。なぜ?? 売れっ子でもないのに、「すみません、既に別件が入っておりまして…モゴモゴ」と、売れっ子のような返事をしなくてはいけなくなる。本当になぜ!?

 

超・久々に神保町に行ったら、都営線の駅構内が模様替え。本の街っぽい演出になっていた。

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ダン・ブラウン「インフェルノ」読了

ダン・ブラウンの「インフェルノ」上・中・下。

本を読むのに「今更ながら」ということもないのだが、シリーズの次作(「オリジン」上・中・下)が既に1年近く前に出ているというこのタイミングで、ようやく読むことができた。

上巻を読んでいるあたりでは、筋があまりにも単純なように感じ、かつ、あと2巻もあるのに、どうやって話を引っ張るのだろうと、いらぬ心配をしてしまったのだが、本当にいらぬ心配だった。

後半、誰がどの組織の人物なのかだんだん混乱してきて、ページをもどって確認したほうがいいと思いつつ、先を知りたい気持ちがまさって、そのまま読み切ってしまった。

今回のテーマは「人口爆発」。物語が教えてくれるまでもなく、現代文明が直面する進行形の大ピンチなのだが、読書中も読後も、あまり切迫感をもって、このテーマについて考えられなかったのは、日本が人口爆発どころか人口減少のピンチに陥っているからだろう。わたしだけでなくおそらく大多数の人が、自己中であり、ほとんど目の前のことしか考えていない。そうして問題はいつまでも解決されず、進行していくというわけだ。どんな問題にしても。物語中の科学者が憤るのも無理ない。

ダン・ブラウンのおもしろさは、歴史的な芸術作品や世界遺産的な建築物などが次々と登場し、現代的なテーマの謎解きと絡んで、絢爛豪華な絵巻物のようになっているところだろう。数々の薀蓄に接するたびに、かくされた秘密を知ったような、たいそうな気分になってしまう。

ハリスツイードロゴマーク「13個のボタン状の宝石で飾られたマルタ十字をいただいた伝統的宝珠マーク」という記述は、思わず読みながらメモをとってしまった。

日本にも、こういう歴史と文化をうまく融合させたエンターテインメント小説があればいいのに、と思う。古い寺や神社にしろ、仏像にしろ、日本美術にしろ、ほとんど何も知らない。自分の国の文化なのにあまりにも知らな過ぎて、それが謎なぐらいだ。京都や奈良に行っても「ただ巡っているだけ」になっているのが、我ながらもったいないと思う。

夏のおもひで 2018

ちょうど昨年の今ごろから、田舎の家と東京の家との二重生活をしている。

東京の家は集合住宅でかつ借家だが、田舎の家は庭付き木造一軒家。夏場、閉め切りにして大変なことになるといけないので、今夏はほぼ2カ月間、田舎の家で暮らしていた。ケイタイとネット環境さえあれば、普段と変わりなく仕事ができるのは、ホントにありがたいことだ。

夏場、田舎の家で生活する際のポイントは、1.家中の窓を開け放って、小さな木造の家に風を通す  2.庭の手入れ の2点で、もちろん、大変なのは後者である。

7月末にしばらくぶりに田舎の家に着くと、庭(兼、家庭菜園)は、こんな感じ。

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相当ひどい…。

そして、この状態が、狭いような広いような庭一面に広がっているのである。なんとなく、目にしただけで、脳が働くのをやめてしまう光景である。

丈の高い草むらを草刈り機で、一気に薙ぎ払うのはそんなに難儀ではない(に違いない。たぶん)が、こういう、丈の低い雑草が一面にびっしり生えているのは、本当にやっかいである。

とりあえず、仕事の合間に、チマチマと草むしりをする。暑い。平気で気温が34℃とか35℃になる。もしかすると36℃になっているかも。蚊がやってくる。日差しも半端ない。それで、長そで、長ズボン、フードをかぶった上に麦わら帽、綿のマスク、軍手+ゴム手袋、という、近所の人が見たら二度見しそうな全身防備で作業をする。当然すぐ汗だくになる。蚊は寄ってくる。根性という言葉とは無縁なので、すぐ家の中に逃げこむ。まぶしい夏の太陽を浴び、雑草は、抜いた分以上にすくすくと伸び、当然、庭は、いつまでたっても雑然とした状態である。

ちなみに、これが8月中旬の庭のどこか。ひどい。進歩が感じられない。

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ニラと、さつまいもと、雑草が一体となって、えもいわれぬハーモニーを奏でている。

しかし、こんな野生の王国のような庭でも、収穫がある。これはオクラの花で…、

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花のあとには実ができる。

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すんばらしい。種を蒔いたら、できた。一袋100円くらいの種で、ジャンジャンできたので、ちょっと錬金術みたい、と、思ったりする。

ナスは、ホームセンターで苗を買った。

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これは錬金術とまではいかなかった。

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しそは、しそ御殿ができそうなぐらいワッサワサと生えていたので(もちろん栽培したのではない。勝手に生えたのである)…、東京で10枚セット150円くらいで買っている身としては、少しはなんとかしよう、と思い、虫食いのない、美しいところを選び、

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ネットで調べて、しそ味噌なるものを作ってみた。

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おいしい。ごはんにあう。でも、大量にできたので、まだ余っている…。

近所の手前、雑草感を薄めようと思って、園芸植物を植えたりする。

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5~6月に種を蒔いておいた朝顔も、8月を過ぎてから花がついた。

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……新たなジャングルの発生…?

7月の頭に読み始めた洋書は、中断しつつも1か月で読了。

あちこちで、とても評判のよい、R.J.PalacioのWonder。日本語訳も出ていて、こちらもとても評判がよいようす。映画にもなっている。

英語はとても平易。1章、1章が短いのも、読みやすい。高校生くらいなら、苦労せずに読めると思う。

Amazonのレビューを見る限り、洋書版も日本語版も、泣けた、泣けたと、とても評価が高いのだが、残念ながら、わたしの感想は、まあまあ。前半の主人公たちの鬱屈した思いや哀しみは、読み応えがあったのだけれど、結末はあれよあれよ、という感じで、妙に安直に感じてしまった。

この小説で、新たに覚えた単語は、dude。話の中で、男の子たちは、お互いに、dude ばっかり言っている。気づくと、世間のネイティブのtwitterにも、dude は頻出していて、こういう今時の言葉はほとんど知らないので、ちょっと物知りになった気分である。

そして、夏の間、起きている時間の7割くらいは雑草のことを考えていたので(残りの2割は、庭にやってきてフンをしていく隣の飼い猫のこと)、どうせならテキのことを知ってみようと思って、読んでみたのが、稲垣栄洋氏の「雑草はなぜそこに生えているのか」。

これが、ヒット! 植物がこんなに面白い(そしてなんとなくオソロしい)生き物だったとは…!!

 そして、こちらも、テキのことをより知るために購入。名前くらい、わかるようにならなくては…!

2冊読み、雑草をなくすためには、雑草を抜いてはいけない、ということがよくわかった。せっせと草むしりをするのは、まさに雑草を育てているようなものなのだ。

稲垣栄洋氏は、たくさん植物の読み物を出していて、かつ、kindleになっているので、じゃんじゃんサンプルをダウンロードして、出だしを読んだ。どれもこれも魅惑的である(しかし、図書予算をにらみながら、購入を考えないと…)。

これまでまったく知らなかった「植物学」について知れたのが、この夏の新たな発見といえば、発見か。